※下記の体験談はご本人様の承諾を得て掲載しております。
前世療法の体験談
慈悲・・そして争いの無意味さを学びました(38歳 男性 徳島県)
一人はミイラ化した老婆もう一人は目のくりくりした黒人の子ども、後でわかったのですが老婆は去年無くなった私の祖母、黒人の子ども(名前はマフィ)は私の過去生でした。
祖母は何にも語らずただずっと私を見ていました。いま物質の世界でもがき苦しんでいる私を哀れみと慈しみでただただ見守ってくれていました。
鹿島先生の誘導でおばあちゃんの中に入ってみると「慈悲」、「慈悲」、「慈悲」という漢字が何度も何度も浮かんできました。これが慈悲という感情だと思うと涙が自然に頬をつたいポトポトと私の鎖骨の辺りに落ちていきました。
過去生で私は黒人の子ども、戦士(インディアン)を経験し二人のマスター(心我/指導霊/ハイヤーセルフ/魂)に会い、今回の修業を終えた後の肉体から抜け出していく様を見ました。(フランダースの犬の最終回みたいな)
セッションの最中に何度も繰り返しマスターが教えてくれたことは今回の私の人生の大きなテーマは
①耐えること(忍耐)
②強い意志
③人生の意図を知ること
の三つでした。
シンプルなメッセージでしたが訴えかけてくる力、エネルギーがすごくて全く疑うことが無く自分の胸の最深部にまともに入ってきました。
先生の誘導で何度も争いの場面が出てきました。黒人のアフリカ人のこどもインディアン、原爆で被爆した人、時には傷つけ時には傷つきという場面が時代人物を変え繰り返しでてきました。
私の魂はそれぞれの人生を終えた後で振り返る場面で争いの無意味さを学んでいました。
今回の私の人生では15歳まではほぼ思い通りに事が進み15歳から38才まではそれまでとは一転して思い通りに行かずにもがき苦しむことを計画に入れていたようです。前半思い通りにいかせて途中から思い通りにいかないことでその落差でより一層「耐えること」や「他人の痛みを知ること」ができるようになるためだったようです。
<エネルギー注入>
セッションの途中杖(つえ)を持った二人のマスターーが現れて、一人目は私の胸に(第4チャクラ/ハートチャクラ)二人目は眉間(第6チャクラ/視床下部、松果体)にその杖からエネルギーを注入していただきました。
「私のエネルギーを充分吸い込みなさい、充分吸収しなさい、心ゆくまで味わいなさいという」メッセージとともにしばらく注入してくれました。
(その後日から私の体と心は急速に回復していきました。今書いているこの体験談はセッション後50日以上経過した時点の感想です。)
<死後体験/中間生>
魂が肉体を抜けた後の状態を経験したとき体がどんどん上のほうに上がっていき光の玉に包まれてとても体か軽くなってなんともいえない幸せ感につつまれました。
不安、心配が全くない楽園、すべてから開放された全くまっさらの感じ、恍惚、悦楽、愛、ぬくもり、抱擁、友愛、慈しみ、調和のとれた満ち溢れるエネルギー、静寂、希望、万能感、完璧な充足感、全てとつながっている感覚・・・・。
さらに体は上のほうに行き全ての色を含んだ極彩色の光へと吸い込まれ先ほどの幸福感が更に満ち満ちてきて私の中で大きく大きく限界を超えて更に膨らんでついに一なるもの(創造主?/神?)と溶けあってひとつになってしまいました。
なんという恍惚感、幸せ感、僕はここから来たんだとわかりました。「満ち足りている」という経験を一度でも味わうと人生は一変すると「神との対話」という本で読んだことがありましたがこれがそういうことだったのかと後でわかりました。
いろいろな場面を見せられて感じたことは私たちは争い、わがまま、不寛容、奪いあい、強欲などを経験し、それらを味わいつくし、いつかは肉体を持った人間という次元を卒業し次のステージへ移っていくことを教えられました。
私も「忍耐」や「人の痛み」を知ってそれを自分のこととして感じられるようになっていつかは、そういった苦しみにあえいでいる人たち(過去の自分)を救っていく立場になっていくというメッセージを受けました。
セッション(催眠療法)は最後でマフィ(黒人の少年/私の過去生)がにっこり笑っている場面で終了しました。感動ものの映画を見た後のような充足感と爽快感がありました。
今さまざまな理由で苦しんでいる方はたくさんいると思いますが、一人でも多くの方が心が軽くなってこの厳しい物質の世界で前向きに生きられるようになることを祈っています。
鹿島先生とこの催眠療法に導いていただいた、見えない導き手(マスター)に深く深く感謝します。
ありがとうございます。
無意味な制限がなくなり自由な気分です(43歳 女性 埼玉県)
リラックスした雰囲気の中で、先生の誘導に従って前世をイメージしていくと、最初、急に喉が痛くなり、咳が止まらなくなったので驚きました。呼吸の苦しさがゆるむと、足元から古い木の床が見えてきて、自分はイタリア付近の小さな歌劇場で歌うオペラ歌手の卵だった事が分かりました。
しかし呼吸器が弱く、せっかく主役に選ばれたのに、本番で咳が止まらなくなり、聴衆を前にひどい結果に終ったようです。客席からの野次やブーイングも失敗のショックに追い討ちをかけました。靴も衣装もピンクらしいのですが、色が古ぼけて分からないほど小道具も荒んでいました。そんな経営難の最中、チャンスをくれた劇場側にも多大な迷惑をかけて、この場を後にする事になったようです。その後、夢をあきらめて生きていく決心がつくまでには、相当な時間がかかりました。
次に先生の誘導で、「人生の大きな出来事」があった場所に行ってみると、亡くなった夫を前に号泣する自分がいました。こんな悲しい人との別れは、今生では経験がないと思いました。一番幸せだったのは、歌の挫折から心を救ってくれた、その夫と過ごした5~6年だったようで、彼女が33歳の時に彼は心臓の持病で亡くなったようです。夫を亡くしてみて、自分には歌よりも何よりも、夫との時間がずっと大事だったのだと気がつきました。
更に晩年の自分は小さくて古い劇場を借り、庶民のオペラを若者達と一緒にやっていました。夫と過ごした時間は少なかったのですが、愛情に満ちた日々が、彼女に強さと優しさを与えていたようです。子供はいませんでしたが、自分の挫折をいい経験に、若者の成長を見るのが何より楽しいという感じでした。
最後の場面は、かなり高齢だったようですが、まだ、劇場にいました。働いているのかなと思ったら松葉杖で若者を軽く突いてからかったりしていたので、お茶目なご意見番だったのでしょう。
自分は半分遊びながら、ほとんどの運営を若手に任せていて「オペラは本来、貴族の堕落を庶民が笑い飛ばす、強くて美しい文化だ」という言葉が口癖だったようです。最後はその劇場の楽屋裏でポックリと亡くなり、信頼できる後継者たちに囲まれての大往生でした。
この人生を振り返って、何故、今生の自分が「歌好き」なのか分かりました。また、挫折後の自己嫌悪で誰も愛せなくなっていた自分が、飾らない素のままで夫を愛せるようになったことは奇跡だと思います。
彼の元へ行けるまでに、先ず、自分が無用のプライドを捨て、挫折した自分を受け入れるというステップがありましたが、彼が黙ってその時間を見守ってくれ、心を開くことができました。逆に、夫を亡くした後は、あの時もっと早く愛を伝えていればと、終生それだけは悔やみ続けていたようです。「人生は短い。だから大切な人がいたら、意地や見栄を張らずに、只、愛しなさい。」と今の私は、前世の自分から言われたように思いました。
セッション後、大きな変化がありました。発表会が怖くなくなったのです。鹿島先生には特に話していませんでしたが、私は発表の場で歌おうとすると、理由のないパニックに襲われていました。歌が好きなのに仲間と舞台に立てず、その訳を誰にも説明できない孤独に、実はとても苦しんでいたのです。
前世での失敗を思い出した時、発表に対する恐怖の理由が分かり、今生に残るトラウマが癒されたようでした。好きな歌に対する不可解さと無意味な制限がなくなって、今では金縛りから開放されたような自由な気分です。
鹿島先生が気さくな感じで対応して下さったので、私も自然体でトライできたと思います。まさか、「歌好きの理由」という軽い動機で、ここまで自分が癒されるとは思ってもいませんでした。本当にありがとうございました。
生きる上での大切なことを教えてもらいました(55歳 男性 富山県)
でも、どうしたらいいのか分からないでいるとき、前世療法を知ることになったのです。
前世があることには半信半疑でしたが、思い切って受けてみることにしました。最初は緊張していましたが、説明を聞く中で、“今の自分に必要なことが分かる”ということで、しだいにやってみたいという気持ちが大きくなりました。
始める前はどんな前世を生きていたのか全く見当もつきませんでしたが、その後に起こった体験は今でも強い感覚として残っています。
前世に誘導され、入った最初の場面では自分の体がありませんでした。見えてきたのは、キラキラとオレンジ色に光る海で、そこに粉々になった自分の遺骨が散らばっている場面でした。その場面を見ている感覚は悲しくもあり、それでいて誇らしくもありという気持ちでした。
あの時はいわゆる魂の存在でそれを見ていたのです。セラピーが進むにつれて子供時代からその時代の人生を追っていくと、最初の場面の意味がはっきりわかってきました。
前世の私は、大きな喜びや充実感とは反対に、大きな苦しみや悲しみも体験していました。そのどちらの場面でも、思わず涙がこぼれてしまうほどの感情が溢れ出しました。現在の私には日々こんな感情を感じることさえ忘れていたような気がします。
日々同じ生活を繰り返す中で、自分の気持ちを押し殺していました。考えてみれば、したいことも沢山あったのに、仕事を優先にして行うことはありませんでした。この前世を体験して、そのことが間違っていたとよく分かりました。生きる上での大切なことをこのセラピーで教えてもらえました。
今まで全くと言っていいほど魂という概念もなく、前世を信じていない私のような人間がこんな体験をするとは思ってもみなかったのですが、素直な自分になれたことで本来の心を取り戻せたと感じています。思い切ってセラピーを受けてよかったです。貴重な体験ができたことに感謝しております。ありがとうございました。
父との課題がクリアできました(34歳 女性 大阪府)
過去世は古い時代、ヨーロッパの田舎町の外れに住んでいる女性でした。最初に前世の父親が出てきて、それが現在の父だとわかりました。二人の父の共通点は、いつも自分のストレスから家族にあたっていました。家族を愛しているのですが、愛情の表現の仕方がわからないのです。今の父とも親子関係は冷めていました。父の子供に対する態度をずっと許せずにきたのです。
今は主人と結婚して本当に幸せな毎日を送っています。その生活の中で、父との関係を今のままで終わらせてはいけないと思うようになりました。そして私は、勇気を出して父に手紙を書き「育ててくれてありがとう」という感謝の気持ちと、今はとても幸せに暮らしているので安心して欲しい、これからは自分の幸せの為に生きて欲しいと伝えました。父からは「長年の心の痞えが取れた、本当に嬉しい。ありがとう」と返事が来ました。
過去世での父と会ったとき、父との関係が今世で私の課題であったことがわかりました。そして、その課題をクリアできた事を理解したのです。あの時、心の声を無視せずに従ってよかったと心の底から思いました。
この前世療法ではもう一つ、自分を理解するのを手助けしてくれるメッセージを受け取りました。過去世での私は、自分の家とその周辺が自分の世界のすべてでした。そして、その時代の通例や常識通りの生き方、平凡で単純な毎日の繰り返しでした。あまり感情を左右されることがなく、人生を達観していました。本当に小さい世界の中で坦々と生きていたのです。打ちのめされるような大きな苦しみも、幸せで心が奮えるような感動もなく平凡な一生でした。
過去世の自分が、今度はどんな人生を生きたいかという質問に、「いろんな経験をして、自分にしか出来ないことを見つけて、それで自分を表現してたくさんの人の役に立ちたい」と言いました。それは、今の私が普段いつも思い、そして口にしている事だったのです・・・・。本当に驚きました。
前世療法の後は、現世ではその望みを叶えることが出来る環境にあり、それがどんなに恵まれたことかがわかり、改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。自分の思うとおり、自分を表現して良いんだという事を序々に信頼できるようになり夢に向かって歩いていく勇気も沸いてきました。今年は新しい自分に会える予感にワクワクしています。素晴らしい体験をさせて頂き、本当にありがとうございました。
自分の感情レベルでの癒しを得ました(32歳 女性 埼玉県)
前世での私は子どもが授かりませんでした。嫁いだときから、夫は他の女性しか見ておらず、夫や姑たちからは、私の身分が高いことを理由に「このお家(いえ)に存在してくれてさえいればよい」と言われていました。
私はその言葉を告げるとき、『現実でも存在していながら、自分の居場所がいつもどこか不安定な感じがしていたっけ・・・』と思いました。
夫は、乱世のなかで攻め込まれ敵の武将に「妻を差し出すなら、お家(いえ)もお前も助けてやる」と言われ、他の女性たちや自分の親とさっさと逃げてしまいました。
夫や嫁ぎ先の家族に捨てられた私は敵の武将に連れて行かれました。
公家の身分でありながら、武将などに身を許さねばならないのかと思うと、血が滲むほど唇を噛みしめ、悔しさが体の奥底から煮えたぎるほどの屈辱感が起こりました。
私は「京極家の名に恥じるような行為はしない!」と、叫び自害したようでした。
現実の私は実は男性に対して少し恐怖症があり、鹿島さんの誘導に怯えていました。しかし、男性でありながらもどこか母性的で、優しく穏やかな口調に、吸い込まれるように前世を体験することができました。
目覚めてから、私の見てきた時代が足利時代だったということと、京極家の人間だったということは、きちんと記録をとっておいて下さったので分かったことです。
前世での出来事が事実だったかどうかが問題なのではなく、自分自身の感情レベルでの癒しがあったこと、それが何よりの真実だと思います。
ありがとうございました。
歓喜の涙がポロポロと流れました(45歳 女性 山口県)
私の目の前には古いヨーロッパの下町の路地や家並みがぼんやりと浮かんできました。
自分の姿を見ると17歳のかわいい少年でした。先生に「いつの時代」と尋ねられるとフっと「17世紀」と口をついて言葉が出ます。景色も少年の姿も意識して思い描こうとしているわけではないのに、自然と目の前に浮かんでくるので、とても不思議な感じでした。
先生の誘導で少年の人生を先に進めると、27歳の時に遠く離ればなれになった恋人を一人で迎えに行くシーンが浮かびました。
それは少年にとってなんだかとても大きなことのようでした。少年がついに恋人と出会って二人が抱き合ったとき、今まで感じたことのない深い喜びと愛が胸一杯に広がり、歓喜の涙がポロポロと流れました。
前世療法は深い深い癒しと共に独身の私に必ず愛する人に巡り会えるという強いメッセージを与えてくれました。
出会えた前世の私に感謝します(38歳 男性 大阪府)
初めて会った鹿島さんはとても穏やかで親切な方でわたしは安心してセッションを受ける事ができました。そしてセッションルームは落ち着きのある部屋できれいな光がたくさん入る素晴らしい場所ですね。
わたしは催眠には抵抗がまったくなかったので安心していましたがまさかあんなにはっきりと過去世を目の当たりにするとは・・映像でも見れましたし何より感覚として感じるのにはびっくりしました。そして音も聞こえたし突然、旧友がでてきたりとか・・
セッション後はあまりに多くの驚きを一度に味わったのでわたしはちょっと疲れました(笑)しかし心地よい疲れというか体がリラックスした状態でずっといれますね。前世からはいろいろなことがわかって自分の人生が今後より良く生きる自信がでてきました。感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
最後に・・セッションをとおして出会った前世のわたしにも心から感謝します。素晴らしい言葉をくれてありがとう。
年齢退行療法の体験談
笑顔の小さな自分が胸の中にいます(47歳 男性 大阪府)
潜在意識に誘導されていくと親戚の家でした。まさか生後8ケ月に戻るとは思ってもいませんでした。産まれて8ケ月の私は、1人で天井を見つめ不安を抱えたまま寝かされていました。
すると、ふすま隣の部屋から、大人たちがお金のことで喧嘩している声が聞こえました。それを聞いて更に不安が大きくなっていました。なぜなら、私の養育費をだれが負担するかという話だったからです。こんな話は聞きたくない、寒い、淋しい、でも誰も気づいてくれない、こんな状況でした。このことは全く記憶になかったのですが、そのときこの8ケ月の時の感情が現在の私の感情と繋がっているとすぐに分かりました。
それは、私が生まれたことによって大人たちが喧嘩をしているんだと思うと、自分はここに生まれてこなかった方が良かったんじゃないだろうかという気持ちになったからです。
セラピーが進むにつれ、私に対する両親の愛情、そこにいた親せきの人たちの愛情をしっかりと感じることができました。とても安心しました。小さな私がどんどん笑顔になっていき、ここに生まれてきて良かったんだという気持ちになりました。
嬉しさと満足感、そして安心感で、お腹がいっぱい、体中もその想いでいっぱいになっていました。
セラピーを終えた今では、小さな時に受けた不安、淋しさ、諦め、ここに居たくない等の感情がなくなりました。 そして今でも、笑顔で安心した小さな自分が胸の中にいます。思い出すだけで笑顔になってしまうくらい、しっかりと刻み込まれています。
もう1つ印象的だったのは、8ヶ月の私から見た大人の人の顔が、『わぁ~大きい顔!』、と思えた感じです。この時の私は心も体もすっかり子供の頃に戻っていたのですね。
本当にありがとうございました。
両親の本当の気持ちが分かり安心しました(37歳 女性 東京都)
何となく自分に姉妹が多いこと、子供のころ裕福でなかったこと、子供が多いと大変、父親が暴力的であったことなど、思いつく要素はあったので、先生に概ねの内容を話してから、目を閉じて深いリラックス状態へ導いてもらいました。
不思議と手足が暖かくなりました。先生に、小学校のグラウンドに行こう。と言われ・・・
しばらくして、自分の通っていた小学校の校庭にいました。懐かしい遊具や校舎があり、そこから小学生の自分が通学路を通って家の前まで行きました。不思議と引っ越して20年以上の前の道の「あ、こんなの浮かんできた」と思わず自分でも驚きがありました。
まずはお母さんが可哀そうに感じました。「私がいるから母さんは大変なんだ」、「お父さんに無理やり子供を生まされて苦労しているのだ」という思いが私にはあったので、先生の誘導でお母さんの中に入り、お母さんの気持ちを確かめてみました。
そうすると産まれた産院のシーンに突然移り、古いタイル越しに私が見えて母さんが「五体満足でよかった」と喜んで「幸せになってほしい」、「子供は多い方が嬉しい」という気持ちが分かって私は産まれて来て良かったんだ、望まれて産まれたのだということが分かりとても嬉しく思いました。
父親に関しては、妹と弟に暴力を振っているシーンを思い出しました。その父に私が「やめてお父さん」と言ってみると、ハッと我に返る父親の顔をみて、ああ、父は怒っていると自分のしていることが判らなくなってしまっていたのだと思いました。
そして父親の気持ちに入ると「自分は躾のつもりでしている、自分もそんなように育ってきたが、反省している」という言葉が出てきて、私たちが憎いわけではなかったのだという事がわかり安心しました。父は16年ほど前に他界しましたが、祖父からかなり手を上げられていたことを聞いていたので納得しました。
催眠中なぜだか涙がスーッと流れることが2、3回ありました。泣こうと思っていなかったのですが、いつの間にか自然に・・・小さい私がうれし泣きしたのかもしれません。
父と母は確かに愛しあって私たちを創ってくれたのだということが分かりうれしくなりました。いつか私に子供ができたとき、好きな人と愛し合ってできたすばらしい存在なのだという事を伝えてみたいと思っています。
これまでの父に対する思いを手放せました(40歳・女性 広島県)
初めての「前世療法」を受けるにあたり、少しの緊張と多くのワクワク感がありました。私の場合は父との確執を前世を見ることで理解出来ればと思い受けました。
初めに見えた風景が外国の風景に見えたり、昔(今世)住んでいた団地に見えたりどちらか分からなかったので、“前世療法だから…”と左脳的な選択で外国の風景を選びました。
外国の前世を見ていきますが、イマイチしっくりきません。
先生の誘導で幼い頃に戻ると、なんと昔(今世)住んでいた団地の部屋の中の光景が見えました。(なぜか、今世に引き戻されたのです)
そこでは母がエプロンをして料理をしている後ろ姿が見えます。するとそこに父が仕事から帰ってきて私を抱き上げてくれています。そこで、私に対する父の想いをたくさん知ることができ、「私は父から愛されていたのだ」と感じると、涙が次から次へと流れ出しました。
とても衝撃的でしたが感動的でした。
先生が根気よく質問をして下さり、誘導して下さったおかげで前世から今世へと移り変わったにもかかわらずスムーズにセッションが続き感動的でした。潜在意識は本当に正直ですね!
潜在意識と対話することは強力な癒しが起きると私は実感しています。後日、これまで持っていた父に対する思いを手放せたり、父の言葉を受け流せたり嬉しい変化が起きました。
今後は私なりの親孝行が出来ればと思います。
本当に感謝しています。有難うございました。
15年間の苦しみが、たった1度のセラピーで・・・(35歳・女性 東京都)
15年ほどそんな毎日を過ごしたある日、オープンセサミの鹿島先生のことを知りました。長年苦しめられてきた過食嘔吐がすぐに治るとは思えませんでしたが、藁をもすがる思いで受けてみようと思いました。
ヒプノセラピーは初めてでしたが、とてもリラックスして受けることができました。
セラピーでは、幼い時の自分に戻り、若き日の母親の気持ちを感じることができました。
母はとても厳しい人で私にキツく当たっていましたので、幼い私はつねに親の顔色をうかがって生活しており、言いたいことも言えずにいました。
でも、心の中ではいつも母親に「抱きしめてほしい」「可愛いね!と言ってほしい」「頭をなでなでしてほしい」などの想いがあったことが次々に思い出されました。
これらの想いは、自分でも知らないうちに心の深い所に押し込めていたようです。
そして、満たされていないこの想いがのちのダイエットをきっかけに再び現れ、食べ物で満たすことにつながっていったのです。
セラピーでは、当時言えなかった自分の想いを母親に伝えることができました。そして、それを聞いた母が私の想いを理解してくれて私の望みどおりにしてくれる場面が浮かんできました。本当の母は、私の将来の幸せを強く願うあまりに厳しく育てていたんだということもよく分かりました。私は、当時は感じることができなかった、母親の私への愛情を心に深く感じることができたのです。
私はこのとき、今まで流したことのないような暖かい涙がとめどなく出てきました。
そして、セラピーが終わったときはとても気持ちがすっきりしていて、生まれ変わったような気持ちになりました。これからは素直に自然に私らしく生きていけそうな気持ちがしたのです。
現在、セラピーを受けて5年経ちますが、この間1度として吐くことなく、また吐きたい気持ちもなく、過食だったことも忘れるほど穏やかな毎日を過ごしています。
たった1度のセラピーで15年間抱えていた問題がこのように解決してしまい、とても感謝しています。
今回、5年の節目にあたり、あらためて感謝の気持ちを込め、当時の感想を書かせていただきました。ありがとうございました。
怒りが愛情へと変化しています(56歳・男性 富山県)
退行していくと、朝、学校に向かっている車の中が浮かんできました。私は小学校1年生です。母の支度が遅いせいで、集団登校の集合時間に間に合わず車で送ってもらっている場面でした。その時の気持ちは、『また時間に遅れた!もう嫌だ、恥ずかしい!』という気持ちから、母への怒りでいっぱいになっていました。大袈裟ですが、1年生の私には集団登校の列にあとから合流することがとても恥ずかしく、この世の終わりぐらいに感じていたのです。
退行催眠を受けることで、子供心を思い出し、こんな些細なことで気持ちがドンと落ちていたんだと初めて分かりました。
セラピーが進んでいくと、当時の母の愛情が痛いほど伝わってきました。母は毎朝早くから起きて家の用事を毎日こなしていました。そしてまた、母は小さい妹の世話をしていたのですがその日は妹がぐずってしまって私を時間どおりに送り出すことができなかったのです。なのに、遅刻しそうになった私を車で送ってくれているのです。後部座席にいた私には、車のミラー越しに見える母の優しい表情がみえていました。あの母の表情は今でも忘れることができません。
セラピーを受けてからは、時間に遅れることが怒りに繋がってしまうことはなくなりました。実際にあった嫌な出来事も当時に戻りその気持ちが変化することで人は変われるのですね。
そしてまた、以前より母に愛情深く接することができるようにもなりました。
このたびは、大変お世話になり感謝しております。ありがとうございました。
記憶のない祖母の気持ちまでも理解することができました(40歳・女性 兵庫県)
セラピーで最初に浮かんできた場面は、私が小学校3年生の時で、母が学校の三者面談に行かないと言いだした場面でした。私は必死で『学校へ一緒に行ってほしい!』と母に訴えましたが母は耳をかそうとしません。当時は実際に、母は三者面談に参加せず、そのことで、私は担任の先生から酷く叱られることになったのでした。
しかし、セラピーの中で母が私を生んだ時に戻ることで、当時の母の私に対する気持ちが分かってきました。若い母は私をいとおしく感じ、社会で役に立つ大人になってほしい、そう願ってくれていました。
なのに、その母がどうして三者面談に行ってくれないような母になってしまったのか。今度は、その原因の場面にまで戻ることになったのです。
すると、母が高校生のころの場面でした。母が大好きだった部活動のテニスを、帰りが遅くなるので危険だからという理由で、祖母(義母)に無理矢理、辞めさせられた場面でした。
私はその当時の母の気持ちを身を以て感じることができました。母は立場上、育ての親にわがままを言えないやり場のない悲しさを感じていたのです。それを感じた瞬間、涙がどっとあふれ出しました。
そしてそれと同時に、祖母の気持ちも感じることができました。祖母もまた、血のつながらない娘を育てることに苦悩を感じ、その責任を果たすことに一生懸命でした。
私は、それぞれの立場を感じてみて、『みんな一生懸命生きていただけなんだ』と、理解することができたのです。
そのあと、高校生の母は、当時は言えなかった本当の想いを必死に祖母に伝えることで、祖母はその想いに心が動かされ、祖母の気持ちに変化が生じて来ました。そしてついに、母は大好きなテニスを再び続けられるようになったのです。
私はこの二人の気持ちの変化を単なる傍観者としてではなく、それぞれの立場でリアルに感じることができました。
大好きなテニスを再び続けられるようになった母は、祖母が理解してくれたことで心が満たされ、深い感謝の気持ちを持つことができるようになったのです。その後、母はだんだんと大人になっていきます。そして、最初の三者面談の場面まで戻っていきました。そこでは小学校3年生の私が必死で母に学校へ行こうと訴えています。
すると、母は心の底から私のこの想いを理解してくれるようになっていました。そして、母は『一緒に学校に行こう!』と言ってくれたのです。
この言葉を聞いたときの私の想いは忘れることができません。何とも言えない安堵感と共に、私の気持ちを分かってくれた母への感謝の気持ちと嬉しさが込みあげてきて心が一杯になりました。
学校までの母と一緒に歩く道中、母の優しい笑顔を横目で見上げて、嬉しい気持ちをいっぱいに感じながら私は、学校に向かったのです。
この時のこの気持ちを心の中に深くしっかりと入れることで、セラピーは終了しました。
母に対するいやな思いを感じていたこれまでの自分に変わって、母への感謝の気持ちを感じている新しい小さな自分が今では心の中に生きています。
実は、私には祖母の記憶がありません。これまで私の心の中で勝手に悪者扱いしていた祖母でしたが、不思議とそうではない祖母の本当の気持ちも理解することができました。
誰かが悪いとかではなく、みんなそれぞれ一生懸命生きていたことが、セラピーを受けることで理解でき、私の中で『許し』の気持ちが湧き起きてきました。
人の気持ちを本当に理解するのは難しいことです。理解していると思っていたことは実は自分の目線でしかなかったことが今回よく分かりました。
そして、今では母への感謝の想いを大きく持つことができるようになっています。
今回、セラピーをうけて本当によかったと思っています。 ありがとうございました。
自分を心から愛せるようになりました(48歳 女性 東京都)
いきなり、「お前は兄弟が多いから親はいやらしいしスケベなんだ」みたいな事を言われて涙がどっと溢れ出たのにはびっくりしました。これが、自分のどの部分に関わりがあるのかは判りませんが、あとで自己否定に繋がっていたのかもしれないとも感じました。
39年前の事にも関わらず、学校の校庭、風景、自分の服装、髪の毛、靴、そして虐めっ子の名札、これら全てがその時に戻っていました。
嫌な事を言ったお友達とそのお兄ちゃんの中に入ってみれば、その子達も家の中で問題を抱え不幸でもあり、悲しいカルマを作ってしまった可哀想な子だと思えました。
その子とは握手で仲直りもでき、とても良いタイムスリップだったと思いました。
学校から家に戻り4年生の私はお母さんに「お帰り」と言われとても安心して嬉しい気持ちでした。顔を覗き込むと とてもやさしいお母さんは綿あめのようでした。
父はいつも暴れて殴る蹴るの記憶しか無く、28歳位まで毎日のように「早く死ねば良いのに」と思っておりましたが、父の中に入り込み、「私が生まれてどんなに嬉しかったか」、「名前をどんな気持ちで付けたか」、「可愛くて大事で愛する娘なのに気がついたら、もう殴る蹴るが終わっている・・・」、「自分でもどうしようも無い」と本当に苦しそうでした。
父も子どもの頃からおじいちゃんに殴る蹴るを受けとても苦しんでいたのも判りました。9歳の私がお父さんに抱きしめられた時には幸せいっぱいで優しくて、首の所に忘れていたお父さんに匂いが蘇りました。
その後、お父さん、お母さん、9歳の自分と48歳の自分の皆で抱き合った時も暖かいものに包まれた感じと幸せで言葉に出来ない癒しを感じる事が出来ました。
セッションを受けて、自分を心から愛せるようになっていると感じています。両親からこれだけ生まれた事を祝福されていたと知る事はとても大切であり、暴力の影に憎しみや愛されていないと言う事が必ずしもあるわけではなく、それをしてしまう人の苦しみも見えた事が何よりも良かったと思いました。
私自身暴力は受けていても「父は私が可愛いのだろうな?」っと感じておりました反面「早く死ねば良いのに」と思っていた自分も居たわけです。これまでは朝に嫌な気分や不安な夢が多かったのですが、セッションの後二日後あたりから、それがピタッと無くなり何だか気分が良いのです。
それが、これからの人間関係のトラブルが無くなる事に確信するほどの気持ちの良さです。
りんごをイメージする事も出来なかった自分が先生のセッションで小さな自分をカラー映像で見る事が出来たことに感動しました。心配しなくても先生を信じて全てをお任せすれば見るべき物を見ることができるのだと体験致しました。
非常なる恐怖感もかなり薄れてきたかと思います。頭でいくら考えて昔の事だと思っても小さい頃の嫌な感情や感覚はしっかりそれをしたためて私に悪さをしていたようです。(笑)
実は男性のセラピストの方のセッションは始めてでしたが、鹿島先生はお会いした時の優しそうで全てを受け入れてくれそうな温かい感じに安心致しました。
私が信じて全てを委ねられる相性の良いセラピストに出会えた事に心より感謝致します。
その他
食べたい!という衝動がなくなりました(36歳 女性 大阪府)
最初に目標を掲げたとおりに達成したかったのですが、目標の43.0kgには達しませんでした。
でも、最初が53.0kgだった体重が3ヶ月で-8.7kg減った事は、これはこれで素晴らしい結果なのではないかなと思います。
全体の成果は次の通りです。( )内がダイエット前の数字です。
体重:44.3kg(53.0kg)、ウエスト:60.0cm(68.0cm)、二の腕:23.2cm(24.3cm)、
太もも:46.1cm(47.3cm)、バストはほぼ現状維持です。
私は心からこの結果には満足しています。筋肉は脂肪の3倍の比重があるので体重を減らすことだけからすると、毎日楽しくウォーキングして筋肉をつけながらのダイエットは逆効果でしたが、きれいな体型になることには非常に有効でした。
自分で三脚を使い、始める前に撮ったアングルで写真を撮りましたが、明らかにウエストはかなり細くなっているんですよね。 自然と姿勢も良くなったようです。
ウォーキングの効果もあると思いますが、横アングルの写真を見ると若干ヒップアップもしていると思います。
体重の減少にだけ目を向けることをしないで、毎日体を動かすことで必要な筋肉をつけることで、体のラインを保つようにも強調した結果だと思います。
実際に採寸すると、ウエストはこの3ヶ月の間に ”8cm” も減っていました。
9号が7号になっているので細くなっているのは実感していましたが、測ったら8センチも細くなっていて嬉しビックリです!
体重だけの観点から見たら、目標未達ですがこの前向きな感情やサイズダウンの目標は達成できたと思います。
でも、私のダイエットは決して今日で終わりではないと思っています。今日は一つの区切りです。
ダイエットは成功している人もいるでしょうが、リバウンドしてしまう人も沢山いるのが現実です。でも、毎日無理をしてダイエットをしてきたという気持ちがないので、このままでいればリバウンドどころかさらにきれいになれると思います。
自分で自分の肉体をコントロールできるセルフセラピーも学べるので、ストレスで過食に逃げる事もありませんし、何より潜在意識に”ダイエットは楽しい”とアンカリングされているからです。
昔のように甘い物や、油っこい物を食べたいという衝動が起きないのです。このヒプノダイエットのおかげで今回、特にウエストに関しては大いに満足できる結果が得られました。
ウエストは最初に効果が出やすい場所だと聞いていますので、この先は引き続き太ももや二の腕、足のダイエットに取り組んでいきます。1年後には7号のスカートが5号サイズになってたりして!
最後の方、プライベートでちょっぴりショックな事とかもありましたが、自分を愛しく思いますし褒めてあげたいです。
ありがとうございました。
※注意:「効果には個人差があります」
高所恐怖を克服することができました(27歳・男性 富山県)
小さい時からのことなので、これまで克服できるとは思っていませんでしたが、どうしても仕事で行かなければならなくなったのが良いきっかけになりました。好きな仕事だったので、こんなことであきらめられないと思い、思い切ってセラピーを受けたのがよかったです。
セラピーでイメージを使って段々に克服していくにつれて、実際にも同じような高さの場所で試していました。そのこともあって自信ができ、最後に克服した歩道橋が実際にも渡ることができとても嬉しかったです。あの感覚を忘れないようにしようと思っています。
今は、この感覚が胸の中に浸透している感じがしていて、歩道橋だけでなく、マンションの非常階段もぜんぜん大丈夫になっています。
小さい時からのコンプレックスが解消でき、とても感謝しています。ありがとうございました。