鹿島光洋プロフィール

kashima_05

オープンセサミ ヒプノセラピー・インストラクター
鹿 島 光 洋

Kashima Mitsuhiro
大阪出身 1964年生まれ

前世療法の分野では世界的な権威者である、精神科医のブライアン・L・ワイス博士から直接、プロフェッショナルトレーニングを受け、ワイス・インスティチュートの修了認定書を授与される。

また、世界最大のヒプノセラピストの団体である「米国催眠士協会」(NGH) 認定インストラクターであると同時に、「米国催眠療法協会」(ABH) および、「国際催眠連盟」(IHF) の認定インストラクターでもある。国内では、一般社団法人「日本臨床ヒプノセラピスト協会」(JBCH) 認定のインストラクターであり、現在は ”日本学術会議” 所属の「日本催眠学会」の役員を務めている。

大阪市立大学を卒業後、建設会社に就職する。約16年間仕事一筋に生きてきたが、そのことがかえって自分自身にさまざまな疑問を生じさせてきた。学生時代に心理学や哲学を学んだ経験から、精神面から自分自身を見つめ直す必要があると思いヒプノセラピーを学ぶようになる。

ヒプノセラピーを学ぶ過程の中で現代社会には学校や職場、あるいは家庭においてさえも、様々なストレスや不安、悩みを抱えて生きている人がいかに多いかを知ることとなる。「このような人たちに自分が何かしてあげられないだろうか」という思いと、「自分はまわりの人たちに何ができるのか」「本当は何のために生まれてきたのか」という問いに、ヒプノセラピストとして生きていくことがその答えとなった。

国内ではヒプノセラピーを日本ホリスティックアカデミーで学び、ホリスティックワークのセラピストを経て、現在は自身が開設したメンタルケアセンター「オープンセサミ」で数多くの施療を行なうとともに後進の育成にも力を注いでいる。

 

資格・所属学会等    【資格認定証 画像一覧 ここをクリック ▼】
・米国催眠士協会(NGH:National Guild of Hypnotists)認定インストラクター
・一般社団法人 日本臨床ヒプノセラピスト協会
 (JBCH:Japan Board of Clinical Hypnotherapists) 認定インストラクター
・米国催眠療法協会 (ABH:American Board of Hypnotherapy)認定インストラクター
・国際催眠連盟 (IHF:International Hypnosis Federation)認定インストラクター

・ワイス・インスティチュート(The Weiss Institute)プロフェッショナルトレーニング修了
・アルケミー・インスティチュート(The alchemy institute) ソマティックヒーリング修了

・一般社団法人 日本産業カウンセラー協会認定 産業カウンセラー

・日本催眠学会 役員
・日本認知療法・認知行動療法学会 正会員
・日本ホリスティック医学協会 専門会員

 

ブライアン・ワイス 鹿島光洋 3

ブライアンL・ワイス博士と
(2014年7月 ニューヨーク州 ラインベックにて)

 

潜在意識からの導き・・・そして、“決断”

オープンセサミ誕生のストーリー ~鹿島光洋~

30代の半ば、私は思いもかけぬ出来事によってこれまでとは違った視点で物事を見ることができるようになりました。そのことがきっかけで、長年勤めてきた会社を退職し、ヒプノセラピストの道を歩み始めることになったのです。

私は、この思いもかけぬ出来事は、今では「潜 在 意 識」が引き起こしたものだと理解しています。

「神様なんている訳ない!」・・・頭でっかちな時代

1964年9月大阪。 私は建設関係の仕事をしている実直な父親と、社交的で大らかな性格の母親との間に長男として生まれました。3歳の時に兵庫県に引っ越しその後ここで青春時代を過ごしました。一般的には、ごくごく平凡に育った方だと思っています。

kashima_01幼少期からの性格の1つを思い起こすと、ひとり隠れて練習したことをみんなの前で披露して「スゴイね!」と言われるのが好きだったことがあります。それが理由なのか、小さいころは催眠術師だとか、マジシャンに憧れを持っていました。

とはいえ、そんな憧れとは異なり、その後は至って堅実な人生を歩んでいくのです。

公立の小学校、中学校、高校を卒業し、浪人生活も経験し、またも公立の大学に進学しました。大学は理科系の学部でしたが、文化系学部のの心理学や哲学コースの講座等も同時に受講し、それについて日夜仲間と議論を重ねたものです。

学生時代の私の思考は、論理的で分析的な側面に偏っていて、理論と理屈ですべて説明がつくとし、他の面からの柔軟な見方をすることを苦手としていました。そのため、精神的なものに意識を向けることを避けていました。特に当時は「神様」に関する話をするのを嫌っていました。宗教嫌いだったのです。

今から考えると、その頃の私はいわゆる唯物論者でしたし、別の言い方をすれば科学信仰者だったとも言えます。

人は本来、科学の発展と共にそれを受け入れる精神性を、バランスよく保つことが大事だと今では思っていますが、この頃の私は、精神性を開花させる欲求を心の底にわざと抑圧してしまっていたのだと思います。

kashima_02そんな私は、大学を卒業したあと、父と同じく建設関係の技術者になりました。自分で言うのもおかしいですが、暑い日も寒い日も朝早くから夜遅くまで毎日真面目にコツコツと働きつづけていました。

その間、30歳でめでたく結婚もし、子供もでき、憧れのマイホームも手に入れることもできました。そして、仕事でも大きなプロジェクトも任されるようになり、毎日忙しいながらも順風満帆に
歩んでいける環境だけは整ったと思っていました。

「このままでよいのだろうか」・・・心の世界への最初の誘い

他から見ると毎日それなりに安定した日々を過ごしていたように思われていたでしょうが、実は胸の中にはなぜかいつも心の底から満足できない、モヤモヤした違和感があることも気が付いていました。

仕事において、自分の全てを全部出し切れていない感じがしていたのです。

でも、その時はそれが何かはまだ分かりませんでした。その違和感を覚え、それから時は何年も過ぎて行ったのです。

そして、35歳を超えたある夜、
仕事を終えたあと、単身赴任先の小さな自分の部屋で1人ぼんやりと過ごしていた時、思わず自分で自分に次のような問いかけをしていました。

「このままでよいのだろうか・・・」と。

入社以来、ほとんどの時間を仕事に費やしてきていました。

決して、嫌でやっているわけではないのですが、

「自分には他にもっと、しなければならないことが何かあるのではないのだろうか・・・」

「何のために生まれてきたのだろうか・・・」

の疑問までも・・・

特にこれといった不満があるわけではないけれども、なぜか満足しきれていない中途半端な状態だったのです。

「いい加減に気づけよ!」・・・何かの大きな存在

しかしながら、冷静に考えると、そのまま仕事を続けることは、社会的な地位を保つことであり、経済的な面でも安定が約束されることでもありました。そしてまた、この時点では、特に他の選択肢は無かったのでどうしようもありませんでした。

このとき、自分の胸の中のもう少し違和感を掘り下げてみると、更に分かったことがあります。

「直接、人に喜んでもらえる仕事がしたい!」
「自分の情熱の全てを注ぐことができる仕事がしたい!」
「自分だからこそできる仕事がしたい!」

という気持ちがあったということです。

ただ、ずっと堅実な道を歩んでいた私には、理想と現実の間にはかなりの差があるように見えていました。

そんなある日、お酒の席で同僚の1人からある悩みを相談されたことがありました。そして、そのことがきっかけとなり、心の問題について考えさせられるようになったのです。

私は、その問題に関して分析的な見方から、客観的に理屈で話をすることはできました。が、そのような理屈をいくら並べても本人の心が軽くなるどころか、何の役にも立たないことに気づいたのです。いろいろ分かっているつもりだっただけに、自分の無力さを痛感させられた出来事でした。

「では、どうすれば解決ができるのだろうか?」と、

そして、あれこれ調べた挙句、最終的に辿り着いたのが“ヒプノセラピー(催眠療法)だったのです。

ヒプノセラピーでは、本人も気が付いていない心の深層部にその問題の根本原因を見つけ出し、解決へと導いていきます。その心の未知なる領域へとアプローチする方法は、私の興味を大きく引いたのでした。

それからというもの、寸暇を惜しんで催眠関連の書物を読み出しました。心の世界には、これまでうかがい知れなかった魅力を大いに感じたからです。そして、その深みに入り込もうとしていたわけです。

催眠関連の本を読みあさり、ヒプノセラピーを直接体験したいという想いや、習いたいという想いを強く持つようにまでなってきたのです。

とはいえ、まだこの時点でもヒプノセラピーを今後の仕事にするという考えには達しておらず、まだそれは興味関心の範疇でした。

またその当時、ヒプノセラピーを教えてくれる学校はほとんどなく、なかなか遠くまで足を踏み出すことはできませんでした。ただ、私のヒプノセラピーへの関心は日を追うごとに高まっていったのです。

それから始まる半年は、私にとって、とても不思議な時期となるのでした。
これまでにはなく、普段は自分の意識していない心の別の部分が顕著に現れてきた時期だったからです。

例えば、欲しいと思ったモノを、次の日にある人からプレゼントして頂くことがあったり、今朝見た“夢”がその日のうちに現実になったり、ふと疑問に思ったことの答えが、突然テレビ画面に映し出されたり・・・

いつもならば、気が付かないか単に偶然だと片付けてしまうような出来事が、次から次へと起こるようになってきて、毎日が驚きの連続となりました。

特に私は、論理的な思考で考える方でしたので、人の何倍も、偶然の出来事を必然とは思えなかったのです。それにもかかわらず現実は別で、常識ではありえないようなことが起こり続けるので、自分の頭がおかしくなったのかと感じるほどでした。

自分では制御できないこんな状況の中、ある日の朝早くにベッドの中でハッと気づいて目を覚めることがありました。

それは、

「論理的だと思い込んでいる思考を一旦捨てて、自分の心の声に耳を傾けてみなさい!」

という言葉が突然どこからか聞こえてきたのです。

このとき、私はこの言葉を、自分以外の“何かの大きな存在”から言われているという感覚で受け留めました。それは、私がこれまでには感じることが無かった、とても崇高な啓示のように思えたのです。

ただ、このような有難いメッセージを受け取っても、冷静になればそれに疑いを持ってしまい、「そんな訳、ないよ!」と、頭で思ってしまっていました。

すると、また予測もできないことが起こり始めたのです。

昼休みに職場の自分の席で少し目を閉じるだけで鮮明な白昼夢を見るようになったり、夜眠るときに金縛りの状態から自分が体から抜け出す感覚を感じたり・・・あり得ない感覚に恐怖さえ感じることもありました。

こんなことが続くことで、まるで本当に“何かの大きな存在”から、「いい加減に気づけよ!」と訴えかけられているような感じがしたのです。それでも、冷静になると、「そんな訳、ないよ!」と、まだ思ってしまっていました。

そして半年後、ついに決定的な夜がやってくるのです。

「最後のダメ押し」・・・参りました!

それは、すっかり肌寒くなった晩秋の夜、単身赴任先でいつものように仕事を終えて床に就こうとしていたときです。しかし、その日はなぜか胸がザワザワしてなかなか眠れません。時計は既に1時半を回っており、翌日も早いため眠りたいと思っているのですが、珍しく眠気が全く起きなかったのです。

そして、時計の針が午前2時を指した頃、一旦、寝ようとする努力はやめることにしました。そこで、灯りをつけ、部屋の小さなテレビをつけようとスイッチに手を伸ばしたのです。

すると、ちょうどその時始まった番組が、なんと、ヒプノセラピーの番組だったのです。

それに気が付いた瞬間、その偶然に驚くのも忘れて、画面に見入っていました。
しばらく見ていると、それは実際のセッションの映像であることが分かりました。

そして、その映像の中のクライアントが、セラピーが進むにつれて癒されていく展開の凄さに、私は大きな衝撃を受けたのでした。

これまで活字を通してでしか知り得なかった世界が、今、目の前で映像を通して実に見事に映し出されているのです。そして、その中に広がる癒しの空間が心にしみ渡るように感じることができたのです。

これまで、私が長年胸の中に感じていた違和感がなんだったのか、この時分かりました。

これまで自分の心の中に抑圧していて、出そうとしても出せなかった精神性が一気にパァーッと開花し、広がった瞬間でした。

そして、胸の中がスッキリと楽になったのを覚えています。

この時、気が付くと私の目からはスーッと涙が流れ出していました。

セラピーそのものに対する感動と自分自身の気づきへの充足感、そしてある種の達成感、更には新たな希望で満ち溢れた想いを感じていました。

そして、しばらくして落ち着きを取り戻したときに、この半年で起きてきたことの全てを理解することができました。

あの“何か大きな存在”が私に伝えたかったものが何かが分かりました。同時に、私がこれから進むべき道についても分かったのです。

そして、私は、
「あなたが、ここまで仕向けてこられるのであれば間違いはないことなのでしょう。あなたのご意志に沿って、誠実にやっていきます」
と、宣言していました。

これが、ヒプノセラピストとして生きていこうと決断した瞬間です。

そして私は、これまで15年余り勤めてきた仕事に区切りをつけ、ここからヒプノセラピストとしての道を歩み始めました。

私は、早々ヒプノセラピーを学びに東京に行ったのです。

「心の世界を学ぶ」・・・新たな世界へ

東京ではおよそ1年、これまで知らなかった大切なことをたくさん学ぶことができました。

ただ、学ぶ内容はこれまで自分が携わってきたこととまるで違うため、正直戸惑いの連続でした。上手にできずに落ち込んで、

「一体、自分は本当にヒプノセラピストになることができるのだろうか?」

と、1人悩んだこともたびたびありました。
でも、後ろ盾になってくれている“あの存在”は、いろんな形で私に手を差し伸べてくれたのです。

気弱になっている私には、支えとなってくれる仲間を送ってくれました。

彼らは、私を励まし応援してくれました。そのお蔭で徐々に実力と自信をつけることができ、現在ヒプノセラピストとして活動できるようになっているのです。今でも、彼らには感謝しています。

「これが使命だ!!」・・・信念の確立

ヒプノセラピーを学んでいく中、心の問題に関する事情も見えてきます。当時から、心の問題で悩んだり苦しんだりしている人たちが年々増加しており、更に大きな社会問題になっていくと感じる中、

「私はヒプノセラピーを通して多くの方のお役にたっていきたい」

という気持ちがそれまで以上に強くなってきました。

そして、

「この素晴らしい方法で、そうすることができたならば、自分にとっても最大の喜びになるだろう」

だから、

「セラピストとして生きていくことは、自分がここに生まれてきた使命のはずだ!」

という信念がより強く確立していきました。

「幸運はまだ続く」・・・プロへの道

およそ1年後、東京での本格的なヒプノセラピーのレッスンを一通り終えました。

そして、プロとして活動していくための練習を毎日積み重ねていた頃、以前、私に影響を及ぼした“何かの大きな存在“(「潜在意識」)が再び動き始めました。

その1つは、突然のことでした。

ヒプノセラピストとしての仕事をさせて頂ける機会がやってきたのです。私が学んだ学校から依頼でしたがこのことは当時、実際には叶えられるはずのない夢のような話でした。

それだけにその時は、我が身も顧みず、喜んで引き受けてしまったことを思い出します。

この機会を幸運にも与えて頂いたことで、そこから1年数ヶ月の間に多岐にわたる実セッションの経験を数多く積むことができました。この貴重な経験は、私にとってプロのセラピストとしての初期の急速な成長に大いに役立てることができました。この機会を与えられたことにたいへん感謝しています。

そして、その時の1つひとつの経験がオープンセサミの開業のベースになったのです。

もう、この時期の私の思考は、ヒプノセラピーを学び出した2年前までとは大きく違っていました。それまでは、常に堅実で地道な道を歩んでいましたので、先の見通しがつかないことには決して足を踏みだそうとしなかったのですが、この時は、誰も約束してくれない先のことでも、自分の「潜在意識」に耳を傾けることで自信を持って取り組むことができるようになっていました。

「ビックリ仰天、いつか見たビジョンがここに!」・・・願望実現

そしてついに、大阪でオープンセサミの開業準備が始まりました。
ここでもまた、「潜在意識」は手助けをしてくれたのです。

この時期、ホームページの開設やオフィスの選定など、するべきことがたくさんあって焦ってしまうこともありましたが、私の意志を汲んでくれるその道の専門の方が次々に現れ、代わる代わる手助けをして下さり、そのお蔭でその全てが驚くほど短期間で開業することができました。

そして、更にもう1つ驚くことがありました。それは、出来上がったオフィスを改めて眺めた時のことです。今、見ているこの白を基調としたこの部屋を以前にどこかで見たような感じがしました。

kashima_03

思い返すと、ヒプノセラピーを学び始めた頃に受けた願望実現のセラピーで、自分の「潜在意識」の中から浮かんできたイメージと同じ場所だったのです。つまり、その時に見た映像と、今見ている映像がピッタリと重なったわけです。

私の「潜在意識」が2年前に見せたこの開業場面を、そのまま叶えるように意識せずとも導いてくれていたのです。私はすごく嬉しくなったと同時に「潜在意識」の凄さを改めて感じる出来事となったのです。

「喜びと感動を全ての人に!」・・・現在に至る

1人のサラリーマンとして淡々と日々を過ごしていた私が、潜在意識の働きにより、『自分の人生の意味』を知らされ、ヒプノセラピストの道へと大きく転身することになりました。

それから今日まで、大阪を中心に全国で個人セッションを行い、たくさんの喜びの笑顔を見させていただくことができています。

あわせて2008年には、ヒプノセラピストの養成講座も開講することができました。

養成講座では、心の問題を抱える方々や、願望実現を望んでおられる方々のために私と共に貢献していただけるセラピストの育成に従事させていただくことができています。

これまで、多くの人に支えられここまで来られたことは、私にとってとても幸せなことですし、大変ありがたいことで心より感謝しています。

これからも「潜在意識」の声に耳を傾け、更に多くの方々の人生が豊かになるためにお役に立っていきたいと思っています。

kashima_04